分子進化創薬領域

心不全、サルコペニアなどの循環器疾患を中心に、アルツハイマー病等の神経変性疾患やCOVID-19等の感染症にわたる幅広い疾患を対象として、CRISPRライブラリや化合物ライブラリを用いたスクリーニングや、指向性進化法やDeep mutational scanning(DMS)によるタンパク質改変・網羅的機能評価技術を駆使して疾患メカニズムの解明やタンパク質の機能解析・機能改変を通した新たな治療方法の確立に取り組んでいます。

CRISPRライブラリスクリーニングによるマイトファジーの分子基盤の解明
-ミトコンドリアADP/ATP交換輸送体によるマイトファジー制御を解明-

マイトファジーはオートファジーによる不良ミトコンドリアの処理機構になります。ミトコドンドリアは細胞のエネルギーであるATPの産生や、カルシウムシグナル、酸化ストレス、慢性炎症、さらに細胞死にも関係し、ミトコンドリア機能異常は心不全や、糖尿病、神経変性疾患、さらに老化にも関係しています。そのためマイトファジーによる不良ミトコンドリアの処理は細胞の恒常性維持にとても重要となります。
マイトファジーのメカニズムはいくつかあり、その中で最もよく研究されているのがPINK1-Parkin経路です。PINK1とParkinはともに若年性パーキンソン病の原因遺伝子として同定され、その後にマイトファジーを制御する機能が解明されました。この経路によるマイトファジーに対してCRISPRライブラリによる順遺伝学的スクリーニングを行い、その制御機構を網羅的に明らかにしました。そのうち、ミトコンドリア内膜でATPを細胞質に運搬するADP/ATP交換輸送体(ANT)がマイトファジーに重要であることがわかりました。ANTのアイソフォームの1つで、神経細胞や心筋細胞で発現するANT1にはミオパチーの原因となる変異がいくつか知られていました。このANT1遺伝子変異の中にはADP/ATP交換輸送能が正常に保たれているものがあり、これまでこのような遺伝子異常でミオパチーになる原因がわかっていませんでした。この研究ではこのようなADP/ATP交換輸送能が障害されないANT1遺伝子変異ではマイトファジーが障害され、ミオパチーの原因となっていることがわかりました。
現在は低酸素誘導性マイトファジー経路やマイトファジー誘導後のミトコンドリア生合成におけるミトコンドリア・核間シグナルネットワークに着目した研究を展開しています。

 

関連論文

  1. Hoshino A, Wang WJ, Wada S, McDermott-Roe C, Evans CS, Gosis B, Morley MP, Rathi KS, Li J, Li K, Yang S, McMannus MJ, Bowman C, Potluri P, Levin M, Damrauer S, Wallace DC, Holzbaur ELF, Arany Z. The ADP/ATP translocase drives mitophagy independent of nucleotide exchange. Nature 2019;575(7782):375-379.
  2. Hoshino A, Ariyoshi M, Okawa Y, Iwai-Kanai E, Ikeda K, Ueyama T, Ogata T, Matoba S. Inhibition of p53 preserves Parkin-mediated mitophagy and pancreatic β cell function in diabetes. Proc Natl Acad Sci U S A. 2014;111:3116-21.
  3. Hoshino A, Mita Y, Okawa Y, Ariyoshi M, Iwai-Kanai E, Ikeda K, Ueyama T, Ogata T, Matoba S. Cytosolic p53 inhibits Parkin-mediated mitophagy and promotes mitochondrial dysfunction in the mouse heart. Nature Commun. 2013;4:2308.
  4. リポファジーによるNASH治療
    -ジゴキシンによるリポファジーを介したNASH治療の可能性-

    マイトファジーのメカニズムから着想を得て選択的オートファジーを誘導するアダプタータンパク質を開発しました。オートファジーで処理する標的として、脂肪滴や凝集タンパク質が考えられると思いますが、ここでは脂肪滴標的アダプタータンパク質を用いて脂肪滴選択的オートファジー(リポファジー)による非アルコール性脂肪肝炎(NASH)治療の可能性を検討しました。マウスにおける低メチオニン・コリン欠乏・高脂肪食によるNASHモデルにおいてリポファジーを誘導すると、ライソソーム・エクソサイトーシスによる脂肪滴の細胞外排泄が誘導されるためNASHが改善されることがわかりました。さらにFDA承認薬ライブラリからリポファジー誘導薬をスクリーニングしたところジゴキシンやPI3Kα特異的阻害薬アルペリシブがヒットし、マウスモデルにおいてNASH改善効果が確認されました。
     現在は肝臓への選択性を高めたジゴキシンの開発や凝集タンパク質を標的とした選択的オートファジーによる神経変性疾患治療法の開発に取り組んでいます。

    関連論文

  5. Yoshito Minami, Atsushi Hoshino, Yusuke Higuchi, Masahide Hamaguchi, Yusaku Kaneko, Yuhei Kirita, Shunta Taminishi, Akiyuki Taruno, Michiaki Fukui, Zoltan Arany, Satoaki Matoba. Liver lipophagy ameliorates nonalcoholic steatohepatitis through lysosomal lipid exocytosis. bioRxiv 2022.02.22.481456;

    doi: https://doi.org/10.1101/2022.02.22.481456.
  6. 高親和性ACE2によるCOVID-19治療薬開発
    -指向性進化法による機能性タンパク質改変と創薬-

    新型コロナウイルスの感染受容体であるACE2をデコイ(おとり)として利用した中和タンパク製剤の開発にも取り組んでいます。分子進化工学によりウイルスへの親和性を100倍に高めたACE2変異体(KD=0.29nM)にIgG1-Fcを融合させたものです。一般的なウイルス中和製剤であるモノクローナル抗体は変異株出現により中和活性が失われ、開発しても早期に耐性株出現により治療効果を失うことが問題となります。一方で高親和性ACE2製剤の場合は製剤と結合しなくなった変異ウイルスは細胞表面のACE2とも結合できず感染力を失うため実質的に薬剤耐性株が出現ません。そのため本製剤は抗体製剤と同様の高い中和活性を持ちながら、逃避変異が出現しない理想的な抗ウイルス薬と言えます。実際、製剤の部分有効濃度でウイルス培養を行う耐性選択試験では耐性ウイルス株は確認されませんでした。またオミクロン株を含む既存の変異株や他のサルベコウイルスにも有効で、さらにスパイクタンパク質の全1アミノ酸変異ライブラリでの検討でも逃避性は確認されませんでした。今後も出現が予想される新たな変異株や将来のコロナウイルスパンデミックへの対応策として、変異株のみならず他のコロナウイルスに対しても有効性がある本製剤は抗体薬に対して優位性があり、感染症治療薬の新たなモダリティとなる可能性があります。
    現在は他のウイルス感染症に対する受容体デコイ製剤の開発にも取り組んでいます。

    関連論文

  7. Arimori T, Ikemura N, Okamoto T, Takagi J, Standley DM, Hoshino A. Engineering ACE2 decoy receptors to combat viral escapability. Trends Pharmacol Sci, in press.
  8. Ikemura N, Taminishi S, Inaba T, Arimori T, Motooka D, Katoh K, Kirita Y, Higuchi Y, Li S, Suzuki T, Itoh Y, Ozaki Y, Nakamura S, Matoba S, Standley DM*, Okamoto T*, Takagi J*, Hoshino A*. An engineered ACE2 decoy neutralizes the SARS-CoV-2 Omicron variant and confers protection against infection in vivo. Sci Transl Med. 2022 Apr 26;eabn7737.
  9. Higuchi Y, Suzuki T, Arimori T, Ikemura N, Mihara E, Kirita Y, Ohgitani E, Mazda O, Motooka D, Nakamura S, Sakai Y, Itoh Y, Sugihara F, Matsuura Y, Matoba S, Okamoto T*, Takagi J*, Hoshino A*. Engineered ACE2 receptor therapy overcomes mutational escape of SARS-CoV-2. Nat Commun. 2021 Jun 21;12(1):3802.

SARS-CoV-2スパイク変異による機能的変化のデータベース構築
-Spike Atlasプロジェクト-

新型コロナウイルスは変異により感染力・伝搬力や免疫逃避性が増強し、これまでにいくつかの変異株による感染の波を形成しています。そこでスパイクタンパク質のアミノ酸変異による感染性、ACE2との親和性、構造安定性などの機能性変化に対して全1アミノ酸変異ライブラリによるスクリーニング(Deep Mutational Scanning:DMS)を行い、その結果をデータベースとして公開しています。このアトラスは今後出現するウイルス変異の感染性、免疫逃避性の直接的評価に大きな貢献を果たし、さらに得られたデータの統合解析により変異株の総合的リスク評価、またワクチンや治療薬に対するウイルスの逃避性の評価、スパイク脆弱部位の同定による創薬への活用が期待されます。
SpikeAtlasデータベース: https://sysimm.ifrec.osaka-u.ac.jp/sarscov2_dms/
(共同研究先の大阪大学iFRECのサーバに設置)

 

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